死神とのインタヴュー

短篇集 死神とのインタヴュー (岩波文庫)

短篇集 死神とのインタヴュー (岩波文庫)

「人間界についてのある生物の報告」人間がもはや人間であることの誇りすら持てなくなり、無感動な生物となってしまったことを嘆いている。本作品集の序文的な文書となっているようだ。
「ドロテーア」終戦後、主人公はドロテーアと言う女性と出会い、空襲のあったときあなたの弟に助けられたと言う話を聞かされる。主人公に弟がいるのは確かなのだが、彼女の言う名前は違っている。微妙に食い違う2人の話が奇妙な読後感に繫がっている。こう言った不思議な出来事が起こるのは、戦争と言う極限状態の中でこそなのだろう。
カサンドラトロイアの女カサンドラと、アガメムノンの死について、オデュセウスの息子であるテレマコスが様々な憶測や噂を聞き伝う。ギリシャ神話のことはよく知らないが、作者によるギリシャ神話番外編と言ったところか。人々は好きなように思い巡らすわけであって、真実はもっと単純なことではなかったと作者は言っている。トロイア戦争が引き起こした影の部分を掘り下げている。
「アパッショナータ」主人公が捕虜を監視するため月へ出かけると言う辺り、人をくったようなホラ話めいたところがある。「人は月では住めないと思われている」とか「両足で立ってないと生活できない」などと言うことは、実は他者から思い込まされているだけであって本当はそんなことはないのだ、と人々の間にはびこる凝り固まった常識を嘲る場面が見られる。ひいてはこれがヒトラーの独裁政治を示し、洗脳された国家の恐ろしさを表しているだろうか。多少とぼけた味わいもあって魅力的な一編。
「死神とのインタヴュー」作家である主人公が、企業家の社長宅へインタヴューに向かう。そこで彼は社長である男と会見するのだが、気さくで物腰の柔らかい態度とは反対に、この男に付き合えば付き合うほど、作家は気が滅入って行くのだった。作中で明言されてはいないが、この企業家の社長こそが死神なのだろう。戦後、人々は生への希望を失い、死に対し無抵抗となってしまったことを嘆く死神。その皮肉にも似た口調が作家を幻滅させるが、実のところ、死神ですらこの度の戦争に幻滅していたと言う事実。退廃もここに極まれると言った感がある。死神の言う論理は実に巧みで、絶望に打ちひしがれた人間の心理を見事に突いているようだ。
「童話の本」本は焼けてしまった。特に気に入っていたのは童話の本だ。童話の中には人生にまつわるあらゆる苦難が書き込まれいてる。しかし今や、この世界こそが童話そのものの悲劇の場となってしまった。ヒトラーが多くの本を焼き尽くした事に端を発している点で、これもまた戦争にまみれた小編となっている。
「海から来た若者」ハンナと言う女が海へ泳ぎに来る。すると水の中から現れた美しい青年に足をつかまれた。その青年に尾ひれはなく、2本の足でしっかり立って歩いているのだが、明らかにこの世の者ではない。いわゆる人魚物語の男女が入れ替わったお話。ハンナはその青年の中に、戦場へ行ってしまったピアニストの面影を見る。これまでの短編にも幾度か描かれてきた「他人を混同する」現象が登場する。これは戦争が人に及ぼす影響のなんたるかを示しているのだろう。
「実費請求」絞首刑となった男が、あの世から自分のことを殉教者に仕立て上げようとする役人に嘆いている姿を描く小品。シニカルなユーモアがある。
「クロンツ」1947年、廃墟となった街の復興に励むドイツ。それでもかつて失われたものは元に戻らない。主人公はしかし、それよりもこの戦争を生き延びたクロンツと言う男の存在に頭を悩ますのだった。見た目は実直そうだが、その実欺瞞に満ちた男クロンツ。作中で彼の正体が明かされ、本編がメタノベルの構造を取っていることが分かる。
「滅亡」1943年、戦争の真っ只中。ドイツ本土における大空襲の模様を過酷に描き出した一編。焼け出された人々が目にする無残な光景。実際に戦争を体験した者でなければ知りえない、現実離れした虚無感が漂う。何ひとつ脚色のない戦争ドキュメントである。
「オルフィウスと・・・」オルフェウスは死の国の王ハデスの下へ行き、かつて自分の妻であったエウリュディケを返してくれるよう頼みに向かう。「カサンドラ」同様、古代の悲劇を現代に置き換える手法がまた見られる。

@ちぇっそ@