時間都市

時間都市 (創元SF文庫)

時間都市 (創元SF文庫)

「至福一兆」人口増大の末、個人に割り当てられる居住区はわずか4平方メートル。図書館勤めのウォードは、新たな引越し先で巨大な隠し部屋を発見する。子供時代の「秘密基地」的であり、バラードの「内宇宙」への探求とはその名残りなのだろうかと思える。ラストで主人公が幼少期を思い出す辺り、そういった印象がより強くなる。
「狂気の人たち」この狂ってしまった人類を救えるのは自分一人だと信じていながら、かつて治療の失敗を追及され、その腕を封印してしまった精神科医。何故なら世間では、彼こそが精神障害を促進させる存在だと考えてられているから。しかし実のところ狂っているのは、彼以外の全ての人間だと言う諧謔的なオチが待っている。
「アトリエ5号、星地区」今や詩はIBMのチップによって量産されるものであり、もはや冗長な手書きの詩篇など誰も求めていない。編集者のグリゴリーは「星地区」でオーロラ・デイと名乗る女性と出会う。彼女は詩人がかつてのように本当の詩を書けるように望んでいた。ある日、雑誌に寄稿する詩人たちのIBMが軒並み叩き壊される事件が発生する。犯人はオーロラ・デイであろうか。機械文明への警告を発した一編か。インターネット時代の到来を早くも予見していたとも見てとれる。本編のラストにはまだ救いがあるが、果たして現代はいかに?
「静かな暗殺者」自分の婚約者を助けるため、過去に遡ってある日のテロ事件を阻止しようとした老人だったが・・・。バラードにしては珍しい正攻法のタイムトラベルSF。ディックなら飛躍したイメージの奔流によって倒錯した世界を現出させるのだろうが、あくまでリアルな筆致にこだわるところがバラードらしい。悲壮感のあるラストが余韻を引きずる。
「大建設」建築物は超高層階まで伸び、どこまでも続くと思われるほど広範囲に建設されている超巨大都市。フランツ・Mは自前のロケットを発射できる「自由空間」を求めて超特急へ飛び乗る。しかし行けども行けども、それはどこまでも「都市」なのであった。バラード流のバベルの塔か。結局、都市から逃れられないフランツは、本当の自由を得ること出来なかった。管理社会のメタファーが込められていると同時に、「都市」が全てだと信じて暮らしている市民は、かつて天動説の時代に生きた人々を想像させる。
「最後の秒読み」ある日自分が恐ろしい力を手にしたことを告白するサラリーマンの手記。恨みを抱いた人物の名をノートに記すと、その人物が記述した通りの死を遂げてしまう。今で言うところの「DEATH NOTE」そのままのお話。ラストに来るオチは都市伝説的なものだが、まさかバラードがこんな作品を書くなんて!と言った意外性に於いて、より一層「してやられた」感が濃厚となってくる。
「モビル」彫刻家ルービッチが製作したモニュメント。それはまるで生きているかのように蠕動し始め、金属の枝葉を伸ばしながら四方八方へと拡大し続けるのだった。伸びた枝葉は切り取られ、やがて町内の家屋の建材として使用されるのだが、そこでもこれの成長は留まる事を知らない。巨大な物体が切り刻まれて広範囲に分配され、世界の何かが変化してゆくイメージは、別の短編「溺れる巨人」と重なる。生きているはずの人間より、無機物の方がより生き生きと描かれている。
「時間都市」ニューマンは時間観念にとり付かれていた。ひょんなことから「時計」を手にした彼だが、それを所持しているのを学校教師に見つかってしまう。そして彼が連れられた先は、「時間」によって膨大な人口を管理していたかつての巨大都市だった。そこで彼は、何故人々が「時間」を忌み嫌い、時計と言う時計を破壊し尽したかを聞かされる。オーウェルの「一九八四年」、ザチャーミンの「われら」をバラード流に演出したような印象。社会主義の比喩と捉えられるその管理社会の崩壊を描いた辺り、バラードはより予言的であったと言えるだろうか。
「プリマ・ベラドンナ」草花店に勤めるスティーヴは、「歌う花」の世話をしていた。ある時スティーヴは巡業歌手のジェインと出会うのだが、彼女の出現によってしばし彼の生活は混乱する。歌う花に嫉妬する歌手、歌手に嫉妬する花がある。女と花の間に挟まれ振り回されるスティーヴ、と言う構図になるのだろうか。ロマチックな一編。
「時間の庭」荒涼とした土地の中で、唯一草花が咲き誇る庭園。そこに住む夫婦は、水晶体で出来た「時間の花」を摘みながら、この世の終わりがくるのを静かに待つのだった。栄華を誇ったこの庭が寂れ行くラストは、つわもの共が夢の跡と言った趣がある。別の読みをすれば、とうの昔に廃れた庭園跡に住んでいる亡霊が、毎夜ごとに見る悪夢のようにも思える。中世趣味があって幻想的な一編。

@ちぇっそ@