第三次世界大戦秘史

第三次世界大戦秘史 (福武文庫)

第三次世界大戦秘史 (福武文庫)

鬼才J・Gバラードによる短編集。
「ウォーフィーバー」ベイルートでの内乱が、実はある研究のために計画されたものであると言う意外な結末。世界の平和を守るために、必要悪として一部の人々が犠牲にされる、偏執的な陰謀が描かれる。
第三次世界大戦秘史」レーガン就任時、レーガンの健康状態ばかりが逐一報告されるテレビ報道の影に隠れて、わずか4分の間に米ソ間で第三次世界大戦が勃発し、そして終結したことを知る医師の独白。情報操作によって国民の多くにそれは知られていない。熱狂的なレーガン信者(またはレーガン熱に犯された当時のアメリカ国民)に対するシュールな皮肉が込められているか。
「夢の船荷」産業廃棄物を乗せたタンカーがプエルトリコ海上座礁する。漏れ出した化学物質がやがて一帯の自然環境に影響を及ぼす。色鮮やかだが毒々しく茂る木々。バラードお得意のディストピアユートピアが現出する一編。
「攻撃目標」元宇宙飛行士のスタンフォード大佐の暗殺に執着する「ザ・ボーイ」と呼ばれる青年。暗殺は未遂に終わり精神病院に収容された彼だが、後に奇妙な脱獄を成功させる。宇宙飛行士はみな敵だと考える「ザ・ボーイ」の心に宿る狂気。ポーや、夢野久作のごとき怪奇的な筆致で迫るスリラー作。
エイズ時代の愛」エイズによって出生率の低下した社会。政府は政策によって人類の生殖活動をコントロールする。そんな中で本当の愛に目覚めてゆく若者の姿を描く。バラードの中ではセンチメンタルを感じさせる一編になったか。
「世界最大のテーマパーク」ヨーロッパ統合が人々にもたらした影響をシニカルに描く。
「尋問事項に答える」とある事件の犯人を知る人物による、100の質問への回答が羅列される実験小説。犯人は何かのカルトであるような印象。
「航空機事故」アカプルコ近くの海上に墜落した世界最大の旅客機。映画祭の為に近くを訪れていたジャーナリストが取材に向かうが、はっきりしない墜落地点を探す内に山奥へと迷い込んでしまう。そこで出会う奇妙に原始的な人々とは。バラードがよくテーマに取り上げる太古への回帰幻想が支配的な一編。コンラッド「闇の奥」へのバラード流のオマージュか。
「未確認宇宙ステーションに関する報告」無人宇宙ステーションに緊急着陸した調査団による文書。探検すればするほどに、その広さを増してゆくように思われる宇宙ステーション。それはもはや「信仰」であり、バラードが言うところの「内宇宙(インナースペース)」への探求へ向かっていることは確かであろう。
「月の上を歩いた男」「元宇宙飛行士」を名乗る男。人生が上手くいっていない一人のジャーナリストが興味を持ち彼の元を訪れる。次第に男との関わりを深くして行く彼だが、彼もまた自らを「元宇宙飛行士」と名乗るようになって行く。輪廻を思わせる東洋的な信仰/幻想が感じられる作品。今なら差し詰め、都市伝説的に例えられそう。
「巨大な空間」社会の全てから断絶し、家に閉じこもることを決心した男。彼には確信があった。この家の内部はどんどん拡大していると・・・。これもまた内宇宙への探求。見慣れた景色が意識の持ち方いかんによって変容してゆく様を描く。主人公が狂って行っているのだ、と個人的には想定している観点から。
「宇宙時代の記憶」「時間病」に捉えられた世界の中で、センチメンタルなノスタルジーに浸って、わずかに残された望みを抱いて生きる人たちを描く。バラードの代表長編「結晶世界」を思わせる設定だと感じた。
「精神錯乱にいたるまでのノート」ブロードムーアからの退院患者が残した18語からなる文書を分析、それら18語全てに注釈を付けて解析している。このように文書を逐一解体して行く行為そのものが錯乱していると思えなくもない。始めは真面目に読んでいたのだが、次第におかしさがこみ上げて来た。
「索引」20世紀で最も注目された人物による自叙伝の「索引」だけが書かれた実験小説。これによってある人物像を浮かび上がらせることが目的であろうが、残念勉強不足の私は誰かと判定できず。ただ本短編集の趣旨から推測して、元アメリカ大統領何某ではないかと思われるが。
75〜90年にかけて発表された作品の数々。全作品を通じて共通したテーマに貫かれているようであり、各作品同士の結びつきが強い印象を与える。
かつてのバラードの短編「溺れる巨人」などにあった、アーティスティックで私的な幻視に溢れていた短編からは、大分ドライな印象になっている。悲観的な中にもまだ希望の光が見えた時代と違って、近年になるに従い、作者が考えている以上に絶望が広がっている言うことか。

@ちぇっそ@