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ノスタルジア [DVD]

ノスタルジア [DVD]

今朝は1時間も早く新宿へ着いちゃいました!
もとより、お店の備品を買うために、少しばかり早く出発して、タイムズスクエア東急ハンズでお買い物をする予定だったのですが。
妙にクーラーの利きが悪かった昨夜は寝苦しく、夜明け前の午前4時くらいに目が覚めてしまいました。
スコッチでも一杯引っ掛けようと思ったんですが、わざわざこんな時間に肝臓を傷める筋もないと言うことであきらめ(笑)、テレビを付けてしばらくの間、どうにもならない時間をやり過ごしておりました。
するとどうでしょう。ふと思いついて窓を開けてみたら、意外にも外は涼しい。
「ああ、これでクーラーの利きが悪かったのか」と合点がいったわけですが、だったら窓開けて寝たほうが寝やすいじゃないですか。
それならばと換気扇を回し、少し湿っている柔らかく涼しい外気を取り入れたところ、5分としない内に、私は夢の深淵へと墜ちていったのでした。
どうせなら日付が変わる前に気付きたかった!
と言うわけで、朝目が覚めた時点ですっかり寝ぼけており、タイマーがいつもの時間に鳴った、その一発目のアラームで起床していたにも関わらず、「1時間寝坊した!」と勘違いしてしまったのです。
急いで支度して出発したのですが、地下鉄に着いてみると、昼のあいだ走っている急行が運転されていない。
もちろんこれは、単に朝早すぎたためにまだ走っていなかっただけの事ですが、いつも通りだと思い込んでいた私は「そうか。節電のために急行はお休みか」と、都合の良いように解釈してしまったのでした。
「イン・ジャーリ!(残念!)」
全く、残念な結果だと言わざるを得ませんな。
1時間早く着いたようだと気付いたのは、タイムズスクエアに到着したときでした。当然のごとく、まだ開店前でしたから。
まあ、それでもあと10分ほどでオープンする様子なので、外の喫煙所で一服ふかすことにしました。
なんとも拍子抜けのこの状況。タバコを持つ手が定まらない。
映画「ノスタルジア」で主演のヤンコフスキーが言う、私お気に入りのセリフ。
「タバコは、いつも吸い方が難しい」
と強く実感しながら、なんとなく小難しい表情で、ロシア風の佇まいを気取っておったわけであります。
そして開門を迎えることになるのですが、なんともタチの悪いことに、今日は東急ハンズにおけるサマーバーゲン初日だった模様。
タイムズスクエアは開いたものの、ハンズ前でもの凄い行列が出来ているのに、私の気持ちはかなり引いてしまいました。
もっとも、これを買って帰らねば仕事にならん!と言うわけでして、動き始めた行列に並んで、私もいそいそと店内へと潜入した次第であります。
たかだかCD袋が欲しかっただけなんですけどね!
買い物なんてものの5分で済みましたから、当面の目標である朝食でも食べに行くとしますか。
時間があるので、食べ終わった後、ゆっくり本でも読める場所がいい。そう言ったわけで、西新宿のモスバーガーへと向かうことにしました。
ここのお店は結構くつろげるんです。店内奥の喫煙席は閉塞された感じなのですが、それがかえってまったりとしたムードを醸し出し、ちょっとした“あなぐら”的な居心地よさがあるのです。
カレーチキンバーガーをパクリとやりながら、ポテトをパクリとやる。
やはりカレーと芋が合うので、この組み合わせは最近のお気に入り。
アイスコーヒーをすすりながら、タバコを咥えて本のページを開く。
開いた本は、最近読み返し始めたセオドア・ローザック著の「フリッカー、あるいは映画の魔」であります。
6,7年ぶりくらいに読むでしょうか。「フーコーの振り子を映画に置き換えた作品」と称されることから、奇想ミステリであることが察せられるかと思います。
もちろん根本的にその通りなのですが、当然映画についての言及もたくましく、特に50年代以前の映画作品についての薀蓄は、それは凄まじいものがあるでしょうか。
最初読んだ当時の私にはさほど映画の知識もなく、しかし中世にまで遡るその稀有壮大なストーリーは、映画の知識とは関係なく、すっかり私を虜にしてくれたのでした。
「映画のことを知ったら、また読み返してみよう!」
いつか再読するその日まで、映画について勉強しておくことを誓ったワタクシ。ある意味、この再読は計画的であったわけです。
しかしながら皆さんご存知の通り(?)、すっかりロシア映画についての知識しか学んでこなかった、このていたらくな私のこと。
果たして、どこまでそれが通用するか?これこそが今回の再読について、最大の醍醐味と言えましょうか!
ページを開いて先ずおどろいたことは、この小説の主要人物のひとり(主人公とは愛人関係。ほぼ主人公クラスですな)、名作映画のリバイバル上映を独力でこなす「クラシック座」の館長であり、後に映画評論家として名を馳せることになる女性の名が、いま私がハマリ中であるアニメ「クレイモア」のヒロインと同じ、「クレア」であったことでした。
恐らく作者の思い入れたっぷりに、およそ古今東西の名作映画を網羅した薀蓄の数々に、
「やっぱりまだ映画の知識が足りなかったか。せめてあと、グリフィスやトリュフォーベルイマンやドライヤーの作品くらいは押さえておきたかった。または、『フーコー』を読んでからにした方が、この長編が行っているパロディを楽しめたか」
と思いはするのですが、そのような細かいことまで気にしだすときりがないわけでして。
しかし本作者は、ロシア映画についてもきちんと押さえており、ブドフキンやドヴジェンコなど、ロシア的ドキュメンタリズムの基礎を構築した映像作家の数々を連ねてくれるじゃないですか。
これは全く、楽しい限り!
しかしまあ、ヒロインの名前が同じと言う偶然に、何か運命めいたものを感じてしまった私は、稚拙なセンチメンタリズムに支配されてしまったのでしょうか。
ただこの世に、およそロマンチックでない「オス」を見つけることなど不可能!
鳥のオスだってほら、あんなに着飾るのは、果てしもなく情緒的であるからに他ならないのでは!
男とはこのようにして、いかんともし難い「思い込み」を糧にして生きているのですから。それが例え単なる偶然の一致だとしても、誰が私ひとりを攻められるものがありましょう。
さて私の方も、感傷が過ぎてとりとめがなくなってきたようです。
ここらでこの駄文も切り上げて、そろそろ現実の世界に目を向けることに致しましょう。
(現実を直視するため、窓の外に目を見やる)
ぶわぁ!な、なんと。お店の向かいに見える、先月閉店したラーメン屋の看板が、今度は「串揚げ屋」に変わっているゥ!?
確か昨日までは、まだラーメン屋のままだったはず。
おっかしいなぁ。まだ夢から目が覚めてないんだろうか。
それとも、現実を受け入れられないまま、私が逃避しているだけなんだろうか?

@ちぇっそ@