クルスク大戦車戦

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「クルスク突出部」を北と南から侵攻、分断する「ツィタデレ作戦」が、ヒトラーの命によって決行された。スペイン人義勇兵にして、<アドルフ・ヒトラー>師団の指揮を務めるルイス・デ・ベガ大尉は、最強戦車「ティーガー」に乗ってソ連の領土を切り裂いてゆく。物量にものを言わせてこれを迎え撃つソ連軍。コサック生まれの父ディミトリとその息子ワレンティーンが乗る「T-34」が、強敵「ティーガー」の行く手をさえぎる。いまや敵も味方も入り乱れる、独ソ両軍による史上最大の戦車戦の幕が切って落とされたのだった。
戦争小説の新たなる担い手となった、D・L・ロビンズによる長編第5作目。「鼠たちの戦争」、「戦火の果て」に続き、独ソ戦の攻防を描いた戦争スペクタクル。今度の舞台は第二次大戦中、史上最大の戦車戦が繰り広げられたクルスクでの攻防を描いたものです。
やはりおもしろいのはなんと言っても、父ディミトリと息子ワレンティーンが乗る「親子鷹」戦車の存在でしょう。
息子が車長で、父は操縦手。父ディミトリはコサックの流儀で、世界最速戦車「T-34」を自在に操る。息子ワレンティーンは腕の良い砲撃手ながらも、命令に忠実過ぎて融通の利かないところがあったりする。
奔放な父と、生真面目過ぎる息子とのすれ違い。親子の確執と言ったものが上手く取り込まれ、実に人間味溢れる魅力を登場人物たちに与えています。
実際このようなことがあったかどうかは定かでないようですが、夫婦で同じ戦車に乗っていた例はあったそう。そう考えると、充分あり得そうなシチュエーションではあります。
ドイツ軍<アドルフ・ヒトラー>師団を率いるルイス大尉の方も、なかなかに魅力的な人物であり、彼の視点から描かれる戦闘の様子も大変読み応えがあるものです。
これら大きな流れとは別に進行するストーリーがあって、その一人にディミトリの娘カーチャの話があります。彼女はドイツ軍に「夜の魔女」と恐れられている夜間飛行隊に属しており、父と兄同様戦争に参加しているのです。
ある日、カーチャの恋人で戦闘機乗りのレオニードが撃墜されてしまう。しかし間一髪脱出したレオニードがまだ生存していることを聞くと、カーチャは彼を助けに敵陣内へと向かうのです。
ところが彼女もまた撃墜されてしまい、運よく墜落死は免れたものの、ドイツ領内に取り残されたカーチャは救出に来たパルチザンと行動を共にし、ゲリラ活動へと身を投じます。
これはパルチザンのエピソードを語るために絶好のシチュエーションを作り出していますが、時にこのカーチャの存在が鬱陶しくなり、話の腰を折ってしまう場面も見受けられます。
それと言うのも、どうやらこの作者は女性の描き方が画一化しているようで、女性をいかにも類型的な「トラブルメーカー」へと陥れてしまう傾向があるからです。
例えば恋に盲目となり無茶な行動を取るとか、あるいは石ころにつまずいて作戦をミスしてしまうと言ったようなことであり、女性の描写について稚拙な部分が目立ってしまうためであります。
あくまで演出の一部と捉えることは可能ですが、もしかしたらこの作家、レイシスト(差別主義)の傾向があるのかも知れませんね(笑)
その他、ドイツ将校でありながら「ルーシ情報網」のスパイとして、ソ連軍に軍事機密を提供しているブライト大佐など脇役人も揃っており、作品全体としては非常に良く出来た戦争冒険物語になっています。
そして言うまでもなく、独ソ両軍が大激突する戦車戦こそが本書のクライマックス。これぞ戦争小説の醍醐味と言った感があり、軍事もの好きな読者を血沸き肉踊らせ、カタルシスの洪水の中に溺れさせてくれるでしょう。
その緻密な戦闘描写は、私もいつしか操縦桿を握り締め、上下左右に揺さぶられる「T-34」の中で、思わず「戦車酔い」してしまいそうなほど真に迫ったものでした(笑)
独ソ両軍の視点から激化する戦闘の状況が描かれ、その裏でスパイによる諜報活動があり、そしてパルチザンによる破壊活動が、真綿で首を絞めるかのようにしてドイツ軍を苦しめて行く。
このように、およそ実際のクルスクにおける戦況を逐一網羅している点が、本書をより優れたものにしている所以でしょう。記録や資料に基づきながら、尚且つ物語としてのエンターテインメント性に長けた本書には、確かに戦争で戦った兵士たちの人間性が宿ったものでした。
多少の不満は差し置いて、それでも相当に満足の行く力作でありました。まあその、唯一不満に思ったカーチャの部分は、実は読み飛ばしてもさほど影響がないかとも思われ、そうするとパルチザンのエピソードは消えてしまいますが、そこは割り切って「戦車戦」に的を絞り、物語を簡潔に読み進めるのもひとつの手かも知れません(笑)
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@ちぇっそ@