シーク・アンド・デストロイ

キル・エム・オール(紙ジャケット仕様)

キル・エム・オール(紙ジャケット仕様)

今朝、不動産屋へ来月分の家賃を払ってから、いつものように都営線の駅えと向かいました。
改札前まで来たところで、財布の中に定期がないことが発覚。
「もしかして、昨日穿いてたズボンのポケットにしまっていたのかなぁ?」
そう思い、渋々ながらもと来た道をアパートまで引き返すことに。
忘れ物をして取りに帰るこの心境。全く前に進んでいない感覚に、私は憮然とした表情を隠すことが出来ませんでした。
自らの失態ながら、それははけ口のない怒りとなって、私の五臓の中をぐるぐると駆け巡るのです。
やっとのことでアパートの前まで辿り着く。
道路の向こう側が私のアパート。
しかしそこで、私の憤懣に更に火を注ぐかのように、両車線が大混乱している光景がそこにはあったのです。
アパートの入り口に続く小路の手前で立ち往生しているのは、トラックと言うか、小型のダンプ。
「一体何を躊躇している?」
反対車線の車も行く手を譲って、そこには充分なスペースが開いているではないか。
しかしダンプの運転手は、一向に小路へ向かってハンドルを切ろうとしない。
「アイツがいるから、道路が詰まってるじゃないか!」
そう思っている内に、どうやらあきらめたらしい運転手は、一旦その場から発車しこの区画の周囲を回ってくることにしたようでした。
やっと交通がひと段落し、アパートまでワンブロック手前でおあずけを食らっていた私は、道路を渡りアパートの階段へ向かったのです。
と、そのときでした。私が小路を曲がった瞬間、そこにもう一台のトラックがいたのす。
何かの作業車らしく、大きな銀色のコンテナが私の目の前に立ちふさがっておりました。
「邪魔だなぁ」
そう思いながら、ふと地面に目をやったとき、私は足元に散乱したクリーム色のプラスチックを発見しました。
そこに書かれているのは「麻莉奈」の文字。
いまやそれはパズルのピースのように裁断され、無残な幾何学模様の形を描いていたのでした。
「これはもしや!」
事態を察知した私は頭上を見上げてみる。
するとやはり、私の部屋のちょうど真下で営業しているブティックの屋根が、戦車で突撃されたかのようにひしゃげ、春の流氷のごとく粉砕されていたのでした。
「うわ!やったな、こいつ」
慌てふためき、物の前後が分からなくなった運転手が意味もなく走り回る中、私はしかし、忘れ物の定期を最優先にして部屋へと駆け込みました。
しかし、昨日穿いていたズボンを漁るもそこに定期はなく、部屋を散々探し回った挙句、結局定期は出て来ませんでした。
しかし結末と言うのは実にあっけなく、あきらめきれずにもう一度財布の中身を確認してみたところ、私はやっと、普段と違った場所へ忍ばせた定期の存在に気が付いたのでした。
とんだところで無駄な労力を費やしてしまった。
しかしながら今朝の破壊工作に出会ったことで、私の心からは、するするとわだかまりが溶けて行ったのです。
今の自分以上に、人生の窮地に立たされた人間を見たとき、人は元気が出ると言う。
弱者が弱者を笑う、ちゃんちゃらおかしい世の無意味。
いやぁ、実に痛快!
「破壊」とは、新しいものを生み出すための最初のステップである。それならば壊さない理由などどこにあろうか。
壊せ、壊せ!世界を壊せ!凝り固まった常識を壊せ!淀んで腐りきった古き慣習を壊せ!そして自分自身の殻を壊すんだ!
階段から降りてくると、先程周回してきたダンプが戻ってきている。
「先に奥の方行ってくれなきゃ困るよ!」
大声で、破壊した運転手に向かってわめいている。
小路の先には広くなった駐車スペースがあり、とりあえずのところは、そこに車を止めて置くしかないのです。
店が開店するまでには、まだ後30分ほどあるだろうか。
せいぜい会社に電話して、ちょっとした事故が発生したから、帰社が遅れると一報を入れるしか筋を通す方法は無い。
まあ、それくらいどうってことないだろう。
問題はこちらの店の方だが、しかしそれも大したことはあるまい。
何故なら私も過去、自分の部屋を漏水さ、下階にあるこの店を水浸しにしたことがあるのだから。
それに比べれば今回の事故など、自転車で転んだ程度の甘いものに過ぎない。
私はともすれば、内側からの決定的な「腐敗」をやってのけるところだったのだから。
外面的な損傷など、即時修復可能な「かすり傷」である。
さて、少し回り道をする事になったが、これで私はやっと駅へ向かうことができる。
素晴らしき破壊を目にして、晴れ晴れとした気持ちで私はその場を離れたのでした。
もっとも後で気付いたことだが、大家を兼任している不動産屋がすぐ近くにあり、一先ずそっちに一報を入れてことの次第を一任し、事後改めて諸々の処理に携われば良かったのです。
私も一言声を掛ければ良かったのだろうが、定期の件で手一杯だったので、そんな余裕などなかったのだから仕方がない。
いくらくらいの弁償になるのだろうか。
しかしそんなことは想像したくないので、これから始まる自分の一日へと気持ちをシフトさせました。
破壊を事後に目撃出来たのは貴重でしたが、もう少し家で粘っていれば、破壊の瞬間訪れたであろう激震を、リアルタイムで体感出来ただろうことが、しばし残念であります。
「遂にK朝鮮が宣戦布告か!?」
そんなスリルに身を任せる瞬間が、そこには想像できたでしょう。
窓を開ければ、きっとそんなファンタジーは一笑に吹き飛ばされたでしょうが、ほんの一瞬の快感が快楽へと結びつく瞬間があったはず。
って言うか、そんなことよりも、俺んちがゆがんでないかどうかの方が心配。

@ちぇっそ@