鼠たちの戦争

鼠たちの戦争〈上〉 (新潮文庫)

鼠たちの戦争〈上〉 (新潮文庫)

2つの大戦を通して、ドイツがソ連領内にもっとも深く侵攻したのがスターリングラードだった。そこではいつ果てるとも知れぬ市街戦が繰り広げられた。この戦いは、後に勝利するソ連では「スターリングラード大攻防戦」と呼び、大敗をきっすることになるドイツでは、瓦礫に隠れては襲撃するその様相から「鼠たちの戦争と」呼ばれたのだった。ソ連の狙撃手ワシーリー・ザイツェフは、まるでシベリヤで猟をするが如く、ドイツの指揮官達を次々と仕留めていった。そこでドイツ軍に迎えられたのは、射撃学校校長のハインツ・トルヴァルト大佐である。砲火の轟音の最中で、2人の凄腕スナイパーたちの静かなる戦いが始まる。
ジュード・ロウ主演映画「スターリングラード」の原作。史実を元に描かれたという、一大戦争スペクタクル。
戦争と言う大局的なものをよりミクロの視点で捉え、武器や戦術と言ったもののディテールを細かに解剖して行く描写がとても楽しい。それは射撃のテクニックであったり、武器の精度について語ったところだったりします。
それ故、専門的になり過ぎるきらいがあり、戦争にあまり興味のない向きには少々退屈に思える部分でしょうか。しかしこの点こそが、「凄腕スナイパー」と耳で聞くほど派手ではない、むしろ我慢と忍耐によって地道に成果を上げる職人技に、スリルとカタルシスを覚える所以となりましょう。
ザイツェフとトルヴァルト大佐の地味な攻防がリアルで良いですね。しかし2人の対決までにかなり紙数を費やすことになるので、ここに辿り着くまでに難儀を要するのです。とは言え、トルヴァルトの助手を務めるニッキ・モント伍長が、実はかなりいい味のキャラであり、彼の活躍も見所のひとつとなって意外と退屈させません。
ザイツェフと女狙撃手のターニャとの間に沸きあがる恋愛感情は、時に、せっかく盛り上がってきた話に水を差すことも。史実を元にしただけでは退屈になると言う配慮からかも知れませんが、戦場の最前線でこのような浮かれた気分になるのかどうか。ここだけどこか別の世界に行ってしまった感があるのは否めないところでした。
対決を終えて帰還した狙撃手(ネタバレになるのでどちらが帰ったかは言えません)、その後の運命がどうなったかは分からぬまま、物語はより大きな「戦争」全体へと視点を変えます。
ここで尻切れトンボのようになり、一瞬「えっ!」となるのですが、戦争と言うものは国対国の争いであり、ザイツェフとトルヴァルトのようないかに優秀な狙撃手たちの対決があったとしても、所詮は大きな歴史の中の小さなエピソードに過ぎないと言うこと。
この視点の切り換えしが絶妙で、戦争と言うものの虚しさを実感させる描写であったと、私個人はそう思いました。本を読みなれた読者の期待を裏切る、と言った意味でもサプライズを覚える部分ではないでしょうか。
余談ですが、もし私がこの原作を元に映画を撮影するとしたら、キャスティングに起用する俳優はこんな感じになるでしょうか。
先ず、ソ連軍の狙撃手ザイツェフには、タルコフスキーの「ローラーとバイオリン」やゲルマンの「道中の点検」でお馴染みのウラジーミル・ザマンスキー(“若き日の”と言う注釈付きか)。ドイツ軍のトルヴァルト大佐には、「ヒトラー最期の12日間」での熱演が未だ記憶に新しいブルーノ・ガンツ(原作には「丸顔の」とあるし)
そしてザイツェフの恋人ターニャ役には、これは正直誰でも良いんですけど(笑)、ロシアの血を引くアメリカ人と言う設定から導き出すなら、ミラ・ジョヴォヴィッチ辺りが適役かと。と言いますか、ちょっと私の趣味入ってますか?(笑)
イメージとしてはハル・ベリーなんですがね。ハリウッドで製作するなら、ここで黒人がキャスティングされた方が都合良いし。でも当時のソ連に黒人がいたかどうか。もっとも、映画はあくまでフィクションですからねぇ。
とまあ、こんなところでどうでしょう。

@ちぇっそ@