ヤン・ヴァイスは、や・ヴァいっす!

「迷宮1000」ヤン・ヴァイス

迷宮1000 (創元推理文庫)

迷宮1000 (創元推理文庫)

ピーター・ブロークが目覚めたのは、1000のフロアを持つ要塞の中だった。そこはオヒスファー・ミューラーなる、見えない君主が支配する広大な館。俺は一体誰だ?記憶喪失のブロークが、自分が探偵であることを知ったのは、胸のポケットにしまわれたメモ書きからだった。彼の目的は囚われた王女を探し出すこと。ブロークは、悪の支配者ミューラーに敢然と立ち向かう。
チェコスロヴァキアのSF作家ヤン・ヴァイスの長編。執筆された当時の、東欧での虐げられた環境を描き出したパスティーシュであると共に、正にその後の世界情勢を示唆するかのごとき予言的な幻想科学小説。
1000のフロアを持つ出口すらない館は、それだけで一種異様な雰囲気を漂わせています。そこには階級のようなものがあり、支配者たちは上層階にいて、下層階にいる弱者たちに施しをするという名目で、彼らの運命を自在にコントロールしているのです。
その親玉に上げられるのが、1000の耳を持ち、また1000の目を持つとされる全能の神オヒスファー・ミューラー。彼は館で起こったことを全て把握し、いつでもどこへでも、声だけで民衆の前に現れることが出来るのです。
記憶喪失のブロークが、自分の目的を思い出すために民衆の中へ入り込み、そしてミューラーの秘密に迫ってゆくくだりなどはサスペンス満点。アクション冒険活劇の醍醐味を満喫できるでしょう。
ブロークの出現により、それまで支配者たちの言いなりだった民衆が反乱を興します。それはまるで、近隣のロシアで勃興した革命を思わせる場面。このように歴史と無関係でないエピソードを盛り込んで、迷宮の中で巻き起こった喧騒がヒートアップして行くのです。
ネタバレとなるので多くは語れませんが、第二次大戦での出来事を思わせる場面もあり、私など、最初はてっきりその世界大戦をモチーフにした物語かと思いました。ところが本作が執筆されたのはまだ第二次大戦が始まる前、1929年だと言うのですからこれは驚き!全くこうまで的確に予言されているとは、当時ヴァイスのインスピレーションがいかに鋭いものであったかに驚嘆せざるを得ません。
「SFは予言的であれ」としたのは、J・G・バラードだったでしょうか。しかしヴァイスの想像力に至っては、それこそノストラダムスダ・ヴィンチか!一種神がかり的な境地にまで達していたのでした。
東欧独特のきな臭さが漂い、またキッチュでシュールなユーモアのセンスも交え、このようにアヴァンギャルドな長編に仕上がった本作は、今まで読んだ小説の中でも一際強烈な印象を残す作品でした。
既に絶版なので手にするのは難しいでしょうが、仮に古本屋で見かけた折には、思い切ってページを開いて見るのも一興でしょう!

@ちぇっそ@