あなたをつくります

あなたをつくります (創元SF文庫)

あなたをつくります (創元SF文庫)

マーサ商会の扱う電子オルガンの売れ行きが、さっぱり伸びなくなってしまった。それはライバル社による新式オルガンに、その人気を取って替わられたからだ。ルイス・ローゼンは共同経営者のロックと共に、新たな事業に乗り出す。人間そっくりのアンドロイド、「シミュラクラ」を製造し、南北戦争のスペクタクルを再現しようとしたのだった。天才的な頭脳の持ち主であるが、精神異常を煩ってもいるロックの娘、プリスを製作総指揮に据えてその模造人間は作られた。出来上がったそれは、実に人間以上に人間らしい感情に溢れた人造人間となった。ルイスは、完成したシミュラクラをある実業家に売りつけようとするのだが。
鬼才P・K・ディックにしては、柄にもなく人間味溢れる一作と言えます。どうやらSF作家という枠組みから脱却しようと、普通小説への接近を試みた作品だそうです。確かに、アンドロイドと言うSF的ガジェットを用いながらも、内実は落ちぶれた人間が奮闘するサクセスストーリーでもありますし、また様々な思惑の中で錯綜するラヴストーリー、と言う一面をも併せ持っています。
前半は良く出来たヒューマンドラマとなっており、翻訳のされ方もあり、一見ディックとは思えない作風に仕上がっています。しかし人物描写に長けており、ディックの繊細な一面をも垣間見ることの出来る作品です。読みやすくて、これはこれで良く出来た物語です。
しかしながら一筋縄では行かないディックのこと、巻末近くではやはり、精神崩壊による倒錯した場面が展開し始めます。とは言え、いつものように本当にメチャクチャになる事はありません。あくまで人間の苦悩を掘り下げ、心の葛藤を極端なまでにデフォルメして見せた演出のひとつとして、とらえることが出来るでしょう。
ラストは、なんとも切ない余韻を残して終幕。なんだか普通に感動してしまいました。ああ、ディックもこう言った作品を書くんだなあと、意外な一面を見せ付けられた一作でした。
でも今はこう言うんじゃなくて、もっと“キッチュな”ディックを読みたかった気分なので、お口直しにもう一冊ディック読もうっと!
いやでも、これは本当に良い小説でしたよ。「別にSFとかって好きじゃないなあ」、って人にも読んで欲しい作品です。

@ちぇっそ@