ファザー、サン


今日はまたまた渋谷ユーロスペースまで、アレクサンドル・ソクーロフ監督作による最新作を観てきました!「ファザー、サン」と題された、人間関係に焦点を当てたその第2作目に当たる作品です。
石の街。レンガ造りの建物が並ぶ、丘に佇む街。そんな中で、一組の父子の生活が映し出される。異様に親密な二人の関係。時には救い、時に救われ、そして次の日には相手を嫉妬で苦しめる。まるで恋人同士のように描かれる親子の愛の姿。やがて息子は父の元から離れることを決意する。そしてそれと同時に、父を許したのだった。
正にソクーロフの集大成的な作品です。常に砂埃が舞っているかのごとき、黄色くくすんだ独特な「ソクーロフ・カラー」。時折挟まれる歪んだ画面。そして「静」の描写。
今回特に注目すべきは、その「静」の描写についてでしょうか。今までのソクーロフであれば、ただひたすら静止した場面をとらえることに終始していました。しかし本作に見られる「静」の描写には、その前後に必ず「動き」のある場面が組み合わされているのです。
「動」の中にふっと「静止」する瞬間が挟みこまれる。前作「エルミタージュ幻想」は、ワンカット90分と言う、正に画面が止まることをしない全編全力疾走の実験的映像でした。この最新作では原点回帰と言うか、監督自身が過去の自分とのコラボレートを果たしかの印象すら受けます。
そのお陰でシュールなソクーロフ作品の中にあって、一際見やすい映画に仕上がっています。ドラマ性があり、尚且つその中に類稀なる芸術性を見出すことすら可能である。ここへ来て、ソクーロフは正に円熟の極みに達した感があります。
とまあ、私の勝手なソクーロフに関する技術論なのでご勘弁を。
物語の内容は、場所も時代設定も矛盾したとある街の中で、職業も近隣との近所付き合いも判然としない父子が交わす、愛の形を映し出すものです。ですから、映画を観終わった今となっても、この物語では何が始まり何が起こり、そして終結し、一体何が解決したのかは全く理解出来ませんでした。
分っているのは、息子が軍隊の訓練学校に通っていて、彼女とケンカの最中であることと、父は昔軍隊にいて、肺に銃傷を負ったことがあると言うことだけです。
ほぼ全編に渡り、うっすらと流れるチャイコフスキーの調べ。ストーリーが別の展開を見せるところでは、それがデジタルビートへと移り変わって緊張感を煽る。あまり音楽を使う印象のないソクーロフですが、本作ではとても効果的にBGMが使われていて、作品を構成するとても需要な役割を担っていました。
ある意味、危険なまでに近い存在である父と息子。お互いが鍛えられた身体を持ち、その中世の彫像のような肉体美からは、強烈なフェロモンを発散させています。肉と肉の絡みあいが頻繁に登場し、なんとも危い雰囲気を漂わす父子の関係を浮き彫りにします。
確かにロシア人と言うものは、近しい人物に対して例え男同士であろうとも、挨拶代わりのキスを唇で行ってスキンシップをはかるものです。とは言え、ここに描き出される父子の姿は、それを抜きにしてもエロチックな印象を受けてしまいます。
ストーリー同様、ここでも監督ソクーロフが言いたかったことを、私自信理解することが出来ませんでした。もしかしたら、ここで描かれる父親と言うのは、ソクーロフの恩師であるタルコフスキーを指すものであったかも知れませんね。
画面は時に、不意のハプニングをとらえる事があります。父が喋っている間、予期せぬタイミングで鳩が眼前を飛び去って行く。しかし父親役のアンドレイ・シチェティーンは動じず、実に自然な演技で元のセリフへと戻ってくるのです。
このようなことも踏まえ、スクリーンの中では常に奇跡が起こっています。私的に言わせてもらえば、ジャズ的なソクーロフは、偶然や偶発性のハプニングを作品に生かしてきた監督です。脚本はきっちりと決められているのでしょうが(作品自体は完璧に構築されている)、その間に、偶然の出来事を収められる余白が存在するのです。伸縮性に満ちたソクーロフ作品は、センスの良いアドリブによって、計算された芸術性と、リアリティと言う名の情熱を同時に内包するものであります。
それにしてもこの作品は、本当に見せてくれます!いや、“魅せて”くれるといっても良いでしょうか。主演の親子の美しさ、役者の演技力、ロケーションの素晴らしさ、そして映像美に溢れています。
とにかく素晴らしい作品ですので、興味を持たれた方は是非、上映期間中にスクリーンへ赴くことをお勧め致します!(5月26日まで!ユーロスペースのレイトショー限定で)あまりに過小評価されているこの稀代の天才作家を、生きている内にリスペクトしたいじゃありませんか!
PCを捨て、映画館へ行こう!ってなもんですか。

「ファザー、サン」作品HP
http://www.pan-dora.co.jp/fatherson/

@ちぇっそ@