クリスマスの夜にちょっといい話 −第一部−

炎のクリスマス

世間はすっかり、「清しこの夜」ムード一辺倒。毎年お決まりの如く、山下達郎の歌声が「ラ〜ス、クリスマス♪ギェビュ〜マァ〜ハッ♪」と響いております。(発音を正確に再現しようと思ったら、なにかオカルトな呪文のようになってしまいました)
そんなロマンス溢れる聖夜にふさわしく、今宵は現在進行形のブログの趣旨を変えて、私が過去に経験した恋の物語なんぞをひとつ、お届けしてみるとしましょうか!題して、「私を乗り越えていった女たち〜Part1〜」(もしかしたら、「2」があるかもよ!?)
それは3,4年前の出来事。当時、派遣社員として常勤していた会社が(と言っても、結果現在も継続して同じ会社にいるのですが)、まだ舞浜の倉庫地区にあったときでした。
既にベテランであった私は、同様に派遣されてくる新人さんの指導にもあたっていたのです。その中のひとり、面と向かって女性に年齢を聞くのは失礼に当たるため、正確な年を知ることはついぞありませんでしたが、よわい40過ぎの完膚なきおばちゃんに出会ったのです。
黒髪をひっつめ、そのスタイルは、恐らく近所のスーパーで「3本1000円!」などと謳われセールに掛けられた、くすんだ色の安物のスラックスを穿く御仁でした。顔には大きなホクロがあり、後々考えてみたら、人相占いで言うところの“惚れっぽい”ことを示す場所に配置されていた気がします。
懇切丁寧に仕事を教える私。そりゃそうです。いくら新人とは言え、大切な業務を間違ってもらっては困るのですから。しかしどうやら、それを勘違いしたらしいおばちゃんが、私への想いを密かに募らせていたことなど、およそこの時点で私が感知するものではありませんでした。
当時、私がシステムのオペレーションに専念できるよう、事務所の配置換えをしようと画策されていました。と言っても、単に隣の部屋に移動するだけなのですが、仮に、想いを寄せる“良い人”が、たかが壁一枚隔てた異空間に誘われたとあっては、それが感ずる体感距離は千里に匹敵する遠出となりましょうぞ!
そんなこんなで、その打ち合わせで私が会議室へ呼ばれたこときのこと。異動プランが為された後、私はまたもとの席へと着席しました。すると、私の机に一枚のメモ用紙が乗っているではありませんか。
「はて、なんぞや?」
不思議に思った私は、早速そこに書かれた文章を読んでみました。
「ちぇっそさんって、他の部署に異動になっちゃうんですか?もう、お仕事のことを聞くことができないんですね」
と、言った文面でした。なんか大げさだなぁ、と思った私ですが、もしかしたら秘密裏の計画かも知れぬ社内の極秘事項に、公だって聞けぬ気兼ねもあったのでしょう。「ああ、心配してくれてるんだろうか」彼女の健気な姿勢に、後で事情を説明してあげなくちゃなと思いながら、その後の業務に忙殺され、結局はそのメモを無視する形となってしまいました。
それが、悪夢の始まりでした。
私の連れない態度に、むしろ恋心を強くしたおばちゃんは、この後連日のごとく私に「手紙攻勢」を仕掛けることになったのです。歩けばすぐそこにいると言うのに、「この伝票の処理、お願いします」だの、「ちぇっそさん、お昼の仕出し弁当の注文はいいですか?」などなど。
ありとあらゆる詰問から業務委託まで、すべからずメモにしたためられることになったのです。
「あのォ、書くより話した方が100倍早いんですが」私のお節介など意に介さず、連日差し出されるメモの数々。私はその時点でうんざりしており、これはもはや照れ隠しや親切などとは異なる、悪意に満ちた諸行であるかとの被害妄想にまで陥りました。
日に日にエスカレートするその文面。仕事とは関係のない私情から、果ては語尾に「ハートマーク」を付随するなど、仕事をなめているのか、または私へ対する嫌味であるかと、机に置き去られたメモの一切れを嫌悪感も露に端っこをつまみ上げ、ゴミ箱へと直行させる私でした。
夢見る少女、いや、夢見る“行かず後家”。彼女の中で完全に自己完結している恋愛感情に、とても異論を挟む余地などなく、高まる感情は、その後に訪れる悲劇的な破局へと、ジェットコースターの最長部への登坂に似た、張り詰めた緊張感に支配されるものでありました!
既に半ばストーカーと化した彼女は、遂に私の怒りに火をつけてしまう、決定的な出来事を引き起こします!
その日、大して残業もなく、定時に近い時刻で駅へのバスへ乗り込んだ私。まだ陽が暮れ切らぬ黄昏の中、西船橋へ向かう武蔵野線を待っていたときです。突如わき腹へ強い衝撃を感じました。痛みとショックに狼狽しながら、どこぞのチンピラに売られた喧嘩かと思ったワタクシ。
「ああ、ぶっ殺してやる。ぶっ殺して、殺るまで待ってろよ、ホトトギス!」
阿修羅の形相で振り返った、私の目の前に立ちはだかっていたのはなんと、肩をすくめ、“はにかみ”ながらこちらに微笑んでいる、あのおばちゃんの姿だったのです!
「ちぇっそさんって、帰る方向、同じだったんですね!」
一体テメェは何時代の“女学生”だってんだ!背後から不意に肘鉄喰らわしておいて、何食わぬ顔で“ぶりっ子こく(ぶりっ子する@新潟弁)”資格があると言うのだ!
クソババァ、いやもとい。熟女の腕力と言うものは、それは侮れない力強さがあり、一般男性を持ってしても何故か跳ね返せない、そんなマジックリアリズムに満ちているのは周知の通りでしょう。
翌日アザになるほどの痛みをこらえ、気の抜けたと言うか、私の魂までもが、肉袋の呪縛から逃れて天に召しますような、そんな絶望にも似た状態に追い込まれた私は、もはや放心して気もそぞろ。
「ちぇっそさんって、いつもお仕事遅くて大変ですね!」
「はぁ、そうですね」
「ちぇっそさんって、どこの駅で降りるんですか?」
「はぁ、そうですね」
もはや答える気力なし。とっくに思考する余力なし!ぞんざいに生返事をするしかない私。結局、2,3言ことばを交わしただけで、甘酸っぱい2人の時間は終了。私は逃げるように、あいさつもせずに、人ごみに紛れてそそくさと下車してしまったのです。
正直言って、翌日出勤するのは気が重かったですよ。だってそうでしょ、こんなストーカー紛いの変質者相手に、面と向かって無視を決め込んだんですから。その後、逆恨みを買ったとしてもおかしくない。一体どんな仕打ちが待ち受けているか、人生の破局か、それとも自らの幕引きを誘う悪魔のささやきかが、毎夜毎夜、私の寝込みを苛むのでしょうか。
特に気をつけなくてはならないのは帰宅時間だ。そう自分に言い聞かせ、仕事中は、その危険回避の対策を練ろうと思っていた私でした。逃げ足の早い私なら、出来る!と。
ところが彼女はそんなに甘くはなかった。会社の制服へと着替えを済ませ、ロッカールームから戻ってきた私は、気が重いながらも事務所のドアを開けました。
すると、そこで私が目にした光景とは!
〜第二部へ続く〜

@ちぇっそ@