武蔵小杉にネコ一匹

猫と落ち葉、ぬくもり残る路辺

今週も、ここ武蔵小杉にロシア映画巡りへとやって来ました!本日はタルコフスキーの遺志を継ぐ前衛作家、アレクサンドル・ソクーロフの2作品を拝見。以前みたときは、そのシュールさ加減から全く理解できず、その芸術性を感ずるに至らず、ただひたすら退屈な時間が過ぎただけでした。
果たして、あれから時間を経て、まがりなりにも人生の経験を積んだ今の状況ではいかがなものか?
いや、今回もまたそのシュールさがいささかも減じることはありませんでしたが、会場である川崎市市民ミュージアムの独特な雰囲気から、異常に静かなる聴取者の様子と相俟って、正に映画と一対一で対峙するかの神聖な光景がそこにあり、今度こそソクーロフの真髄がわずかながら伝わってきた次第です。
実際、エンドロールが流れる中で、場内からは感極まった拍手が沸き起こったほど。それも今日の2作品で2度も!それほど感情に訴える作品であったことは間違いありません。タルコとは似て非なる、と言う。これまた唯一無二の存在感を示すソクーロフ。タルコが完全に詩的で叙情の人であるならば、ソクーロフは徹底して理知的であり、内に秘めた感情を吐露する慟哭の人であることが伺えます。
実はこの後、目黒MODスタジオで行われた「きた企画」にお邪魔しました。そこで以前病気マンと対バンとし、すっかり衝撃を受けてしまった超絶技巧派集団のパイカルも出演しており、そこの二胡担当の方もまたソクーロフのファンだと聞き、意外なシンパシーを感じるに至ったわけです!
皆さん、ソクーロフを応援しましょう!まだ生きてる内に評価しておかないと、亡くなった後ではそれこそ国宝級の芸術家を失ったと悔やむことになりかねません。彼の新作はもちろん、旧作もリバイバル上映されるべきです、すべからず!
そんな映画の休憩中、公演のベンチに腰掛けた私の元にやって来た一匹のネコ。なんだコイツ、胴体がまん丸じゃないか。なんとも不恰好な(いや、ある意味非常にバランス良くまん丸!)、不細工でかわいいヤツがやってきたな!と思ったわけです。
えらく人懐こいヤツで、自ら私の方へと近づいて来ます。人ずれしてないな、コイツ。私は思わず手を差し伸べると別に逃げるでもなく、むしろ「ニャ〜」と鳴いて私の脛に頭をこすり付けてくるではないですか。
よしよし。そういうことならかまってやるぞ。路肩の段差にアゴを乗せ、落日の陽光に温まったコンクリに、気持ちよさ気に擦り寄っているネコをじゃらしてみることに。
しかし、ほんとに逃げも隠れもしない。こんなに油断してるヤツも他にはいないなぁ、なんて思いながら、久しぶりのネコ愛護を繰り広げておりました。
折しも現代は小型犬ブーム。ここ武蔵小杉でも、道行く小洒落たマダムたちの足元には、小さな悪魔が短い足を使い我が物顔に闊歩している様子が窺えます。どいつもこいつもすまし顔で、私のような貧乏臭を漂わす貧民には見向きもしないほどです。これなら、薄汚れて目ヤニが止まらず、茶色の老廃物が目じりにこびり付いた、野良犬の人恋しい眼差しの方がよっぽどいとおしく思えます。
そんな中にネコ一匹。
大型犬の登場に警戒の色を示す”彼”
「大丈夫。俺がいる間は守ってやるから、そこでゆっくり腰を落ち着けてな」
ネコの気ままな感じが私は好きなのです。一人暮らしとなり、ペットを飼うこともなくなってしまった私ですが、久しぶりに思い切りネコをたわむれたひととき。ちょうど中飯に惣菜パンを食べていたので、それを目当てに近づいて来たのかとも思いましたが、あまり人間が食べるものを与えてしまうと、糖尿病の心配があるのでそれは控えました。しかし、そんなことは露ほどにも気にしてない様子の“彼”は、執拗に私に対して甘えて来てくれるのです。
「嬉しいねぇ!」
なんて。思わず、渡辺篤史師匠のごとくに唸ってみたり!ホントは、自分の膝の上に乗っけて、昔田舎で飼っていたネコと同様に、私の足が痺れるまで居眠りさせてやりたかったのですがね!ま、時間もなかったのでそれは断念。
そんなネコの様子を添付してみました。なんだか、葉っぱが“吹き出し”のように見えますな!(笑)

@ちぇっそ@