「引き裂かれた空」

「ソロシンガー」「情熱の生涯ゴヤ」等で知られる、旧東ドイツの名匠コンラート・ヴォルフによる作品とのこと。上記2点は未見であるため、一体どのような監督であるかは分からず。本作は当時の東ドイツ国内で「疑う余地のない反社会主義的傾向」があるとされ、検閲によって公開が遅れたと言う経緯を持つ作品です。つまり政治批判や西側諸国礼讃のきらいがあり、危険な思考があるとされたわけです。
しかし実際のところ、監督自身は東社会の将来への希望といったものを、作品の根本に据えて製作したわけです。ところが、残念ながら当時の世風ではそれを正確に判断されなかったのです。ひいては恐らく、また再び東西の統一を夢見ていた監督自身が、大きな見識で考えた愛国心の表現だったのかも知れません。
ナチ政権樹立後ソ連に移り住んだ監督は、第二次大戦では赤軍に加わり、そして除隊後にモスクワのセルゲイ・ゲラーシモフの元で映画制作を学んだとのこと。確かにロシア映画的リアリズムに満ちており、日々の生活に根ざした市民の視点から物語が語られています。
非常に端正な映像で、グリゴーリー・チュフライのような独特な透明感と陰影のある画面が印象的です。更にそこへ、ドイツロマン主義のドラマチックさが加わり、構築された美学を感じることができるでしょう。この映像の美しさだけでも白眉と言えます。
主演のレナーテ・ブルーメもまた美しく、そのファッションが非常にお洒落で垢抜けたもので、西側最先端の流行ファッションを気取っています。流行りのワンピースを召して大通りを行く様は、さながら東独版「ローマの休日」と言った趣でしょうか。しかしこのレナーテ扮するリータには、とても力強く芯のある一面があり、当時の世相を冷静に見抜く勇気をも持っているのです。
さて惜しむらくは、今回の川崎市市民ミュージアムで行われた上映会では、字幕がなく吹替えも無しと言う状態であったため、かろうじて手渡された解説書に目を通してからの閲覧となってしましました。さすがにドイツ語は解さないので、中盤からは集中力を維持するのが大分困難ではありました。しかし、実にお洒落なジャズナンバーがバックに流れ、作品のテンポ、その芸術性に目を奪われることしばし。その素晴らしさだけは確かに伝わって来ました。以下は、その解説を元にした簡単なあらすじです。
東ドイツの工場都市ハレの鉄道車製造工場。作業中だったリータ・ザイデルは倒れた。病床のベッドで、彼女の脳裏に恋人マンフレートと出会ってからの日々が蘇る。小さな村に住んでいた彼女は、休暇でやって来た彼と出会いそして恋に落ちるのだった。二人はマンフレートの実家で共に暮らすこととなる。
工場を営む彼の家。しかしそこでは交錯した人間模様が行き交い、各人がそれぞれのしがらみを抱えて生きていた。マンフレートと両親との冷めた関係、誰もが事情を抱える工場内での軋轢。社会主義計画経済の実際を目にして苦悩を深めるリータであった。
そんな折、ベルリンに出張したマンフレートが期日になっても帰って来ないという事態が生じる。実は彼は、西ベルリンにいる母親の姉のところに行っていたのだ。彼からの手紙に促され、西ベルリンへ行く決心をするリータであった。西側の豊かな生活はしかし、リータにとっては決して羨むべき生活であるとは言えなかった。どこか変わってしまったマンフレート一人を残し、リータは懐かしい故郷東ドイツへと帰って行くのだった。

@ちぇっそ@