家族ってやつは

残業中、時刻は9時少し前、突然揺れだした社屋。随分と長い間続く横揺れ。居残っていた社員たちと、「ほらほら、地震より仕事仕事!」などと、それでも普段より少しだけ早く帰れそうな予感が先立ち、そんな冗談を交わし合っていた。
ところが、大きな揺れが収まった後も続く余震で、小さいとは言えない会社のビルの壁がきしみを立てている。事態はもう少し深刻か?と、思わせるに充分なだけ、地殻変動の脅威に打たれた瞬間であった。
さすがにこの事態に窮し、自宅へ電話する社員たち。または逆に自宅からメールが届く人もちらほら見かける。事務所の上階の倉庫からは、「おお、積荷が崩れてくるかと思ったよ!」と、勤続20年のベテラン現場社員が飛び込んでくる。
社内の様子はそれでも平穏無事であったが、思わず肝を潰すような人ごごちのしない瞬間であった。
すると、マナーモードにしていた私の携帯が、胸のポケットでブルブルと振動している。つい先ほどバンドのメンバーに、練習に入るに際してこちらの予定を申告していたので、単にそれの返事が来たのかと思った。
しかし、メールにしては長く続くバイブレーター機能が、普段と違う雰囲気を伝えていた。今正に仕事中であり、社員と共に事務所にいると言う場面であったが、早速携帯を取り出してみると、やはり田舎から掛かってきた着信であることが確認された。
「ちょっと田舎に電話掛けてもいいですか」
あまり親をやきもきとさせるのも悪いと思い、心配して一方をいれた実家に、一刻も早い我が子の無事を伝えるべく受話器を手に取った。
「ああ、いいよ。ちぇっそ君の“訛り”が聞けるのかなぁ」
などと愛想良く承諾してくれた上司。私は少し苦笑いでプッシュボタンを押す。受話器の向こうで母親が電話に出る。
「随分長く揺れたけど、こっちは無事だすけ。今は会社だっけに頑丈なとこ居っけど、ウチのアパートの方が心配だぃや」
「ああ、ほっか。なら良いがだどもし。でも、まだ妹に連絡がつかねぇがだて。ほんに、にしぁ大丈夫ならあっちもまあ、あちこたねぇんか」
ああ、まあ会社から妹の住んでる浦安までは近いから大丈夫だろう。などと返して、都内はそんなに混乱していないことを教える。中越大震災を、正に目と鼻の先で経験した母だけに、震災への心配は例え遠く離れた東京であっても、そこに肉親がいる以上は人事ではないのだ。
こんな形で、久しぶりに田舎と話をしたが、何か、こう言う場面で自分を心配してくれる人がいると言うことに、こんな自分にも、生きることへの支えがまだあることを感じる。
仕事が終ったのはそれから1時間半後。帰りはコンビニで発泡酒と焼酎のワンカップを買い、駅のホームで一目をはばからずに一杯始める。
家に帰ってから飲む時間なんてないからだが、まあ、良く見積もって不良な大人のやさぐれた光景である。いい子ちゃんたちは、こんな大人の近くに寄ってきちゃだめだぜ。
ジャック・ケッチャムの新作「黒い夏」が、ビシバシと今の心境にハマってくる。

@ちぇっそ@