21世紀旗手 〜②〜

ノイズとはなんぞや?ノイズとは心象風景であり、イマジネーションによって合成し得る、観客一体型の体感ミュージックである。ライヴこそが最大の完成度を誇っており、デジタルやアナログといった媒体に録音されてしまったものは、極々薄められてしまったウィスキーのような淡白な味わいしか残されていないものだ。
もちろん、リクライニングチェアにどっしりと腰を据え、防音の効いた専用フルシステムに面と向かい、スコッチ片手に鼓膜から摂取する音のアルコホールを享受するのも一興であろう。
しかし、こんな例えならどうだろう。仕事帰りの疲弊した体。トップライトで夜空を望みながら、間接照明瞬く大浴場で熱いシャワーを浴びるひととき。これは全く、風光明媚な名門旅館で繰り広げる旅番組を、いくら100インチの大画面テレビ、いや、モジュレーターによるスクリーンへの上映ですら決して味わうことのできぬ至極の瞬間ではないか!
そう。このことから言って、ノイズとは正に“浴びる”ための音楽。音が空気を伝わりその振動を伝える。すなわち、直接的なアーチストとのスキンシップがそこに存在するものであるのだ。
アーチストの息づかい、そして演奏中に陶酔するその官能が、直に感じられるヴァーチャルセックスの一環でもあるのだ!
灰野敬二とは、正にそのようなアーチストである。“振動”は股間に響き、子宮の皮膜を打ち震えさせて尊師の子を孕ませるのだ。精神的カオスの天上で融合する魂。距離的、肉体的境界線を越えて統一される、攪拌器に放り込まれた「人類のミックスジュース」と言えるのだ!
今夜の灰野氏はフォーク灰野氏であった。黄泉の国の詩人。とりわけてそのような表現が似遣わしい、孤高の吟遊詩人が奏でる即興詩が、見る者のアイデンティティを揺らし続けた超時間でした!
と言うわけで、やっとのことで訪れた、次の出番は我らがインビシの登場であります!正直、まさか出順が灰野氏よりも後だとは思わず、これはもしや、終電を前にしてインビシを見ずして帰宅することになるかも!?と言う私の期待を嬉しく裏切り、持ち時間一杯を使って演奏した灰野尊師には感謝感激!
それでも、氏の凄まじいパフォーマンスには、確かにギョっとして逃げ出す人も少なくなかったですが、今夜はいつもの尊師とはまた違った魅力に溢れた非常に興味深い演奏を繰り広げておりました。私も含め、尊師を何百回となく目撃してきたと思しきコアなファンの方々からも、これほどまでに「素敵!凄い!」と言った声を聞いたことはなかった気がします。今夜の灰野氏は本当に、天から神が降ってきたかのような素晴らしい演奏を聞かせてくれました。
灰野敬二初体験のヘルファイヤーのドラムも、思わず感動にむせいでおりましたよ!そして実は私の後方で見ていたインビシブルマンズのギター武田氏も、アトモスフェリックで脅威すら感じる氏の迫力に感動していたと言うことでした!
先ほどの余韻覚めやらぬ中、粒子の運動激しくスパークするステージに、いつでも臨界点いっぱい暴れまくるインビシブルマンズデスベッドが颯爽と姿を現します!今夜のインビシも素晴らしかったです。持ち時間は少なめでしたが、矢継ぎ早に繰り出す楽曲の数々は実に勢いがあり、溌剌としたステージングはいつも以上に激しいパフォーマンスでありました!
それはドラマチックですらあり、次に何が起こるか分からないと言った、予測不能な危険さえ孕むものです。新作から多数演奏されたようで、しかし昔馴染みの私ですら耳に残る、情熱と慟哭が共存する魅力的なナンバーに魅了されてしまいました。
なんだか、ある意味初期に戻ったかのような印象すら与える、「君の細い首を絞めて〜」と言う曲に、個人的にグッと来るものがありました。やっぱり彼らの書く詩は良いですね。共感できると言うのとはちと違う、かと言ってけれん味のない真っ正直な心情を謳った、押し付けがましい青春時代の吐露とも違うものであります。
若気の至るウザい自己主張ではなく、確かに完璧に自己完結してしまっていて袋小路な印象を与える歌詞ではありますが、だけど聞いていたいと思わせる心地良さ。言葉の響き自体のカッコよさを合わせもった魅力に溢れているのです。
このバンド、やはり他とは一味も二味も違います。もうひとつ気になったのは、リフのガッツリ感ではツェッペリンにも迫る強烈さを誇るインスト曲だったでしょうか。近頃「ガツン」と言うオヤジがいない!じゃなくて、ガツンと来るリフが少ない時代ではないですか!
そこへ、こんなにスタイリッシュでありながら、野生的な力強さを感じさせるリフがあったでしょうか。ヘルファイヤー氏と共に、終演後に話したメンバーには、今回の新インスト曲についての賛辞を伝えておきました。
ニューファンには熱烈に迎えられ、オールドファンにも「昔と変わらねぇよな」と思わせるアーチストと言うものはそうそういるもんじゃありません。やっぱインビシはイイよね!と思わせる、久々の純粋系下北バンドを体験いたしました。
観客の中にも、昔とその情熱をいささかも変じていない、小太り若禿げの中年オヤジがフロア最前でノリノリでした!(笑)インビシのライヴでは名物となっているお父さん。いやあ、こんな愛される親父にワタシもなりたい!
それではラストは、この日の企画者であるニンゲンカクセイキの登場であります。シアトリカルな雰囲気を湛えた共産的メタルバンドといったイメージでしょうか。腕章を付けた軍服風コスチューム。ベースレス、パーカッションを含めた総勢5名の“ニンゲンプロパガンダ”集団の行軍でありました!
片方がひび割れた眼鏡を着用するは、ソバージュにカールした長髪が、どこぞの“ティム・バートン”に似た風貌のヴォーカル氏。言葉巧みにまるでトロツキーの如く、聴衆へ向けた私信表明を掲げます。なかなかの役者さんです、“赤の精神”に彩られた親衛隊が熱烈な支持をバンドへ向けます。
上手ギター氏が随分とユニセックスな雰囲気を湛えており、なんとなく可愛らしいその仕草に、性別の壁を越えて思わず好きになってしまいそうだったのは、果たして私だけだったのでしょうか!?
そんなことを本気で言ったら、ちょっとばかり神経を疑われそうですが、いいですか。これがもし男ばかりの大運動会、いや、もとい。男しかいない網走刑務所もしくはアルカトラズの凶悪犯収容所であったなら、抑ええ切れぬ欲求を満たすため、禁断のりんごの実を齧ることなるかも知れぬことを、ここに警告しておきますぞ!いや、それほどこの紳士の魅力が充満していたからではあるのですが。
それはともかく!非常にエンターテイメント性に溢れた彼らの演奏には感心させられるものが多かったです。全く予備知識なく拝見しましたが(バンド名こそ良く聞いていたのだが)、志しの高いプロフェッショナル集団であるとの認識を抱いた次第です。
惜しむらくは、当初「ニンゲンカクセイキ」のスタッフステッカーを貼ったメイドさんたちが、てっきりステージにも登場するものだと思い込んでいた私は、実際には実に硬派なパフォーマンスで貫いたことにいささか思惑を外されてしまったでしょうか!
と言うか、それは単にワタシ個人の趣味の世界での妄想であり、自分たちの企画の際には、このようなオプションを用意して見に来た人たちみんなが楽しめるようにとの工夫を凝らした、バンドの粋なサービスであったわけなのですね!(ニンゲンカクセイキのお友達である、アウトバーストのメンバーにそう聞きました)
企画者の意外なる人脈によって、このようなとてつもないメンツで行われた今回のイベント。ジャンルも様々に、しかし非常にレアでキッチュな格別の一夜となりました。いや、良かった。今日はロシア映画蹴って見に来て良かった!と思わせる、見事な人選を堪能することができました!

@ちぇっそ@