スペースバンパイア

随分と前になるのですが、以前テレビ放映していたSFパニック超大作「スペーバンパイア」をやっと拝見しました。ちょうどこれより前に、コリン・ウィルソン原作の「宇宙ヴァンパイア」を読んでいたので、今回はそれと比較しながら、この映画の感想などを述べてみましょう。
ハレー水星探索に出向いた宇宙飛行士たち。彼らはそこで巨大な人工物体を発見する。中へと潜入してみると、そこには3体の人型異星人が横たわっていた。数世紀も前から漂流していたと推測されるその宇宙船。もはや身動きひとつしない宇宙人の遺体を回収する乗り組員たち。しかし“彼ら”はなんと、自分たちがこうして発見されるの待っていたのだ!船内で何が起きたのか?カールセン大佐を残し、宇宙飛行士たちは全員死亡。救助に向かったコロンビア号が目撃したのは、飛行船火災が起こった悲惨な状況だった。しかし不思議なことに宇宙人の遺体だけは無傷で残っており、コロンビア号は状況証拠としてそれを持ち帰るのであった。しかしこれが、人類を未曾有のパニックへ陥れる悲劇の始まりだった。地球へやってきた“彼ら”は人の精気を吸い取り、まるで吸血鬼の如く次々と人の体を乗っ取りながら、地上を阿鼻叫喚の地獄へと陥れるのだった。
これは映画版の紹介文となります。監督は悪趣味大全を地で行く、あのトビー・フーバー。本作もその名声に違わぬ鬼畜っぷりを発揮しています。脚本もダン・オバノンが担当しており、吸血鬼と接触した人間があたかもゾンビのように変貌し、精気を求めて生きた人間を襲う様は正に「バタリアン」のそれであります。
ミステリ仕立てで、じっくりとエイリアンの謎に迫ってゆく前半部は緊迫感に溢れています。しかし研究所から飛び出したエイリアンが、いよいよその本性を現し始める後半部は、それこそゾンビ化(実際は吸血鬼なのだろうが)した人間が、街中至る所に徘徊するという正にパニック映画の様相を呈します。
しかしながら総じて作品全体の芸術性は高く、どの場面もあまり下品に成り過ぎずに、かといって良い子ちゃんにもならない程度に充分な過激さを伴っています。80年代に蔓延した世紀末志向の雰囲気を伝えており、冷戦時代のロシアとアメリカの関係も含め、どこか陰謀めいていて、カビ臭くキッチュな雰囲気が支配的なのも、本作の独特なイメージにつながる一因ですね。ロシア映画「ピルクスの審問」に近い雰囲気がある、と言ったら、分かる人には分かるでしょうか。(もっと分かりづらいか:苦笑!)
ここで原作について語るとすると、コリン・ウィルソンの描写に関しては、よりジャーナリスティックであり、尚且つ自身の研究報告を小説として発表したかのような、系統立てた学術文献的なイメージがありました。実際ファンタジーでありながら、これほど矛盾のない小説はないなぁと、著者の理路整然とした聡明さに感服した記憶があります。
全体的に少し硬い感じがしないでもないのですが、ちょっと常人には想像し難いような非現実的な絵空事を、まるで現実の出来事のように描く方法は、カールセーガンの「コンタクト」と同等の正確さをも秘めているでしょうか。
時に小説というものは、「上手く書こう」としても決してそれが適うわけではなく、恐らく、「自分の得意な分野に持ち込んで、自らのホームグラウンドで雌雄を決する」ことの方が、その完成度とオリジナリティに繋がるのではないかと思うところです。そう言った私の個人的な見解に照らし合わせ、このウィルソンの作品は、とてもウィルソンらしく尚且つ娯楽性に富んだ素晴らしい小説だと思いました。
映画も原作も、吸血鬼たるエイリアンは人の精神に入り込み、避けられぬ魅力によって取り憑く相手の心を支配します。一種の恋愛感情に近いものがありますが、それは「殺されるかも知れない」と思って女郎蜘蛛に近づき、交尾を行った後に実際食べられてしまう雄蜘蛛に近いものがあるかも知れません。もしかしたら、そこで雄蜘蛛は「(食べられることが)気持ち良い!」と思っているかも知れないのですから。
原作はあくまで、エサをおびき寄せるための道具としてその能力を用いますが、映画では、本当にエイリアンと人間との恋が成立します。異星人とのラヴストーリーとも言えるような、原作とは一味違ったドラマを演出しています。広い意味でのファースト・コンタクト・テーマであるとも言えますね。
ウィルソンはその勤勉な性格から、古今の言い伝えや最新の研究などの成果を盛り込み、一種の伝奇物語とでも言った壮大な作品を描き出しました。一方、フーバーはより人間の根源から立ち現れる感情を表に出し、一風変わった異星間ロマンスを映しだして見せたのです。
どちらの作品も、一見すると中学生あたりが作りそうな、稚拙な恐怖物語となりそうですがそれは全くの誤解。再三再読、再見に耐えうる非常に高水準の芸術でありす。
原作とはあえて違う解釈を持ち込んだフーバーのセンスは、見事と言う他なくうならされてしまいましたよ。出来ることなら、原作も映画も両方楽しむことをお勧めします。同じ作品のはずなのですが、全く別の作品のようでもあります。一粒で2度美味しい!とは正にこのこと。

@ちぇっそ@