舞浜ラーメン

今日から固定勤の仕事が始まった。依然勤めていたところの本社勤務となったのだ。
既に顔見知りも多いこの職場。早速出会った直属の上司となるA氏に「お久しぶりです!」とあいさつする。始業時間が過ぎてからも続々現われる、あの顔この顔。
伝票の出力を頼みにシステム室へ行けばF氏がお出迎え。現場へ入ればK氏と共に梱包作業。昼休みにはコンビニで、長らく共に働いていた別会社の派遣さんと遭遇。一服しに喫煙所へ向かったら、S氏に「あれ、どうしたの?」と声を掛けられる。
まるでブランクなど感じないかのように、次々と懐かしい人たちが訪れる。あ、そうだ。事務所にいたら、営業のEのヤツがニヤニヤしながら近づいてきたな。
とは言え、一応新人の身分である自分には、まださほど仕事が与えられず、かなり時間を持て余してしまったことは事実。こちらも、最初からでしゃばらないように、借りてきた猫のように「ハイ!ハイ!」と素直に言うことを聞いていた。
社内的に業務の基本的な流れが一緒なので、一通り説明を受けてしまえば、あとはまだまだ体が覚えているもの。自動的に反射してしまい、比較的慣れた手つきで渡された仕事をこなしていった。
もっとも、自分に期待されていたのは正に「即戦力!」。実は、つい数ヶ月前から始まった新プロジェクトのために、新しく派遣社員を雇ったのだが、ものの一月ほどで逃げられてしまったと言うのだ。
いや、別にその派遣社員をけなすわけではなく、仕事内容を見ていると、これは私が以前、後継者を作ろうとして4人も挫折者を出した状況とそっくり同じなのである。相当に物流のオペレーションに詳しい人か、もしくはこの業務に関わったことにある人間にしか、理解するのはなかなに難しいシステムなのだ。
ど素人だった私が、1年掛けて“マンツーマン”でレクチャーを受けてやっと体得したものを、ものの一月で伝授できるとは、よほどの天才でない限り無理だと思う次第。別に自分が天才だと言うつもりは毛頭ないが、私はたまたま“機械(コンピュータ)”に同調できる感性を持った人間だったからこそ為しえた奇跡だったのだ。
“人間嫌いだけどさびしいん坊”ではダメで、“心の底から人類が嫌いな機械至上主義”、もしくは過去にそう言った感情を持ったことのある人でなしでなければ、やり遂げられない所業なのだ!(ちなみに私は過去、ドラマーキャリア真っ只中に「ドラムなんて、世の中全部打ち込みでいいじゃん!打ち込みこそ世界一のドラマーだぜ!」と、思い込んでいた時期がある、いまは両方あるのが正しいと思っている。バイセクシャルだね)
慣れた仕事、慣れた顔なので、後半はどんどん仕事を回され、結局定時の6時をとうに過ぎ、仕事が終ったのは午後8時半であった。
さて、どうして帰ろうものか。いや何、何故帰り道を迷うのかと言うと、実は東西線葛西駅京葉線葛西臨海公園駅の中間に位置する、非常に微妙な位置に会社があるのだ。そして私は、そのどちらからでも帰ることができるのである。
しかし東西線は少し遠く、都営バスを利用しなければならない。出社する時点では、本日が初回だったため、登録している派遣会社の担当に葛西駅から車で送ってもらっていたのだ。
バスに乗るには交通費がかかる。しかも地下鉄とJRを乗り継がなければならないため、電車賃も少々お高い。ところが、このブログでも再三に渡り述べている通り、京葉/武蔵野線は非常に乗り継ぎが悪い。金を取るか、時間を取るかの二者択一を迫られていたのであった。
とまあ、ここで私はとあることを思いつき、最悪の乗り継ぎが予想される京葉線葛西臨海公園駅へと向かった。どうせ“あそこで”乗り継ぐのなら、駅の中で夕飯でも食って帰ろうと思った次第。
そこはジャリタレがたむろする、“ネズミーランド”のお膝元である舞浜駅。駅構内には種種売店が軒を連ね(と言うほどでもないが。何せ“外資本系列”のイメージ戦略を兼ねた厳しい審査があるからだ!だから“ネズミーランド”ってヤツはブツクサブツクサ・・・)
既に飲まなきゃやってられない私は、臨海公園のコンビニで買った発泡酒を飲み、ほろ酔い気分でホームを下って行く。
最近、舞浜の現場に足しげく通っていたお陰で、以前より大変気になっていたラーメン屋がある。しかし、イメージ重視のファンタジーランドにおいて、親父臭い香り沸き立つラーメン屋とはこれいかに!どうせ若者受けしても良いように、スタイリッシュなフ抜けた麺が登場するものとタカを括っていた。
しかしやはり、労働の後の空腹には耐えがたく映るディスプレイの造化。こちらはもう酔っ払ってるし、味なんて期待せず、場末の屋台気分で小銭をドブに捨てるのもオツなもんかと思って入店してみた。
「味噌ラーメン、以上で」
たかだか1杯480円のはした金。誰がもったいないなんて思うだろう。早速カウンターで注文を取り付けて、一番隅っこの席に陣取る。
実はこのお店、以前私の勤めていた営業所が舞浜にあった時は、手作りパン屋をやっており、なかなか美味なるその味は、時に私のモーニングになったり、また時にはランチのお供になったりしたものである。
しかし業績が思うように上がらなかったのか、突然イタリアン・パスタに鞍替えし、アルデンテをはるかに通り越したベタベタな“ジェル”を食べさせるようになってからと言うものは、すっかり見切りをつけてしまった店であった。
しかしテナントが変わったのか、オーナーの宗旨代えが頻繁したのか知らないが、今はこうしてラーメン屋へと様変わりしている。
とまあ、既にこの店内に、店員も含め、そんな過去のことは私しか知らない薀蓄を並べて時間稼ぎをしているのだが、未だラーメンが出て来ない。バイト君でも簡単調理の、出来合いの品物を作っているには、随分と時間が掛かっているものだ。
ああ、やっと出てきた。
深めの黒のドンブリに盛られた味噌ラーメン。そのボリュームはずっしりと、吉野家の牛丼くらいの手ごたえを感じる。香りは悪くない。早速ひと口、麺をパクリ。つやのある気持ち太めのちぢれ面が、スープを良く絡めとる。
「ああ、美味いじゃないか」
意外な展開に逆の意味で拍子抜け。手打ちとまではいかないかも知れないが、結構コシも感じるしっかりとした麺。ゆですぎてもいない。またそして、麺に絡むスープも熱すぎずぬる過ぎず。喉越しに実に心地よい、“人肌”ならぬ“ラーメン肌”を感じさせる。(なんだそりゃ)
スープの上には遠慮を知らぬがごとく、たっぷりの炒りゴマが表面を覆い、値段の割りに大めに入っているきざみネギ。シャキシャキコーンの歯ごたえ楽しく、更に半身のゆで卵とチャーシュー、わかめも少々トッピングされている。
これで480円、しかも地場の高いと推測される舞浜と言う土地では、破格のリーズナブルさではないだろうか。(ちなみに、駅外のショッピングモール「イクスピアリ」内にあるレストランでは、たかがミートソース1杯食うのに2000円近くかかる)
決して奇をてらった創作ラーメンでもなく、手堅いながらも「これぞ味噌ラーメン!」を地で行く堅実な逸品を作り上げていたと思う。しつこすぎないのに、確かにコクがある。
言ってみれば、「お店でしっかり作った“サッポロ味噌ラーメン”」と言った感じだろうか。
やはり特にそれを象徴するのが、シャキシャキコーンの存在であろう。他の店舗だと、良くあるのは“もやし”がたっぷり乗っかっているものだが、個人的にこれは結構幻滅してしてしまう。
「オレは麺が食いたい」のに、食っても食っても“もやし”しか箸に引っ掛からないからだ。思い切って言ってしまおうか、しかもそのほとんど店の“もやし”は不味い!
別に“もやし”自体は嫌いでないのだが、どうにも「味噌ラーメンには“もやし”」と勘違いしている店主がかなりいるようだ。まあ、その是非をここで問うことはしないが(どうせ個人の主観だし)、だからと言って「“もやし”抜きで!」と頼むのは、損をしていると言うか、なんとなく癪に触るので断じて店主の心意気を計る気持ちで、私は受け止める所存である!
ちなみに“もやし”が美味いと思っているラーメン屋は今のところ、自宅近所にある「黒船」が一番かも知れない。ここの“もやし”だけは、一体何が違うのか。甘みがあり、“梱包の袋臭さ”など微塵も感じさせない、実に新鮮な感じを受ける。品種が違うのだろうか、それともやはり調理法なのだろうか。
まあ、そんな私のこだわりはともかく、意外な場所で意外な穴場を発見出来たのはかなり嬉しかった。会社の下車駅を、葛西にするか葛西臨海公園にするか迷っていた私は、これで心置きなく臨海公園にすることに決定した。
帰宅時の、ささやかな楽しみがひとつ増えた。

@ちぇっそ@