渡る道路に新聞屋ばかり

午前4時、未だ寝付かれない。
昨日は日がな一日だらだらとしており、更にぐうたらを重ねるのも罪だと思い、寝るのを諦め散歩に出ることにした。
新鮮な空気でも吸って、気分転換をしようと思っていたのだが、どうやら雨が近づいているらしい空には、厚い雲が覆いかぶさっている。
まだところどころ、雲の薄い場所からは曙光が洩れてきている。予報ではどうやら、週末まで天気がくずれるそうだ。
湿気のこもった早朝の大気の中、ちょこっと近所まで、覚えのある散歩コースへと向かう。寝静まる住宅の間を、新聞配達のバイクが縦横に駆け巡っている。
本当は、「世界に俺一人だけ」と言った、この世を支配する感覚を味わいたかったのだが、ハエのように飛び回るこの新聞屋たちにうんざりし、少々辟易する。
都会は人が多すぎる。別にスローライフを気取るつもりはないが、経済活動の沈降する早朝においてもこの有様とは、静かな生活などとても望めそうにない。
増え過ぎた人口をカヴァーするため、一体何人の配達員が入り用なのだろうか。
リフレッシュするつもりがいささか気分を害されながら、川べりの並木へとたどり着く。
新緑に膨らみ、頭をたれるようにして道路へかぶさる枝葉の下を悠々と行く、という算段が思わぬ誤算へ。
初夏の活動期を迎えた羽虫の群れが、そこかしこで飛び交っている。顔や腕にまとわりつく、その小さな戦士たちを払いのけながら進むのであるが、いかようにしてもこれではキリがない。
心中いっときも落ち着くことなく、たまりかねて住宅地の方へと道を逸れる。
少し歩くとたいそうな民家が見えてきた。長年この地に土着していると思しき、年季の入った佇まい。立て半分に割った丸太を連ねた木塀でまわりを囲っている。
脇の空き地から飛び出た猫が2匹、その木塀の間へと逃げ込んで行く。
私はその民家へと近づきしな、木塀の中を覗いてみる。すると気配に気づき、こちらを振り向いた、まだ子供のトラ毛と目が合った。
臆病そうにこちらを眺めるトラ。私は鳴きまねをしながら、子猫の注意をこちらへ向けるようにした。すると、その声に反応したもうひとつの泣き声が聞こえてきた。
やはり木塀の向こう、左の方から白いヤツが現れる。トラ毛よりも体が大きく、私を見てもまるっきり臆することがない。どうやら、親猫のようである。
さあ、こっちへ来いと、相変わらず鳴きまねをしていると、親猫はどんどんこちらへ近づいてきた。
人馴れしているのか。しかし、じゃれて塀の外へ出てくるでもなく、赤い縁をした目で、見守るようにこちらを眺めている。
私が手を差し出すと匂いを嗅いできた。そうしたら、親猫の方も塀の外側へ手を差し伸べてきた。
引っ掻かれたら怖いなと少々びくついてしまい、私は手を引っ込めてしまった。
獲物も捕り損ね、たいしてかまってもくれない私に飽き、さっさとどこかへ立ち去るのかと思ったが、未だすぐそこにいて私に向かって鳴き続けている。
どうやら私も“子猫”だと思われたらしく(もしくは単に仲間だろうか)、「(おまえもこっちに)おいで、おいで」をしていたようだった。
これには思わず悶絶してしまった!
確かに出来ることなら、私もそちら側へ行って仲良く遊びたいと思った。だがそこは人の敷地内であるし、そもそもこの10センチ足らずの塀の隙間を通り抜けることなど不可能だ。
なんという親猫の母性本能だろうか。
いとおしくはあったが、そろそろ私はそこからおいとましなければならなかった。早起きの住民が起き出してくる時間になっていたからだ。
立ち上がって少し進むと、塀の内側にはもう一匹猫のいるのが分かった。こちらは黒と灰のブチで、あどけない表情がまだ子供であることを物語っている。
この場の雰囲気がたまらず、未練がましくまたぞろ中の猫にちょっかいを出してみる。
親猫は既に塀の奥へと向かったが、やはり“子猫”である私が気になるのか、心配そうなまなざしでこちらを振り返っている。
先ほどのトラと違い、このブチは私に興味深々の様子。決して塀のそばまでは寄って来ないが、最初より少しだけ近づいてきて、きょとんとした目で当方を観察している。
おまえはロシア子猫、チグラーシャだな。と言ってみせる。
肩越しに振り返って見守り続ける親猫の視線を後にして、私は帰路へ着いた。

@ちぇっそ@