あなたにウンベルトはどうしたものか

ウンベルト・エーコの「前日島」が凄まじかったのです。17世紀、バロック時代に題を取った無類の奇想小説。これぞ正にファンタシー、幻想織り成す伽藍の迷宮。
私如きめがこの稀代のストーリーテラーに向い、何をか申し上げましょうか。めくるめく論理の加羅具利。無の非存在の存在証明、有限性の無限性。分割を分割する為の分割、またはフラクタル定数。進行性の後退。連綿と連なる数限りないパラドクスの標榜。
メビウスの輪の如く無限に円環する、潮汐にも似たこの世の氾濫。無闇な神話信仰が破られ、近代への目覚めとなる科学的論証により、世界を司る秩序にメスが入れられる。あたかも中世の思考遊戯に巻き込まれたかのような、幻惑的な読書体験が新鮮であります。
絶海の難破船にひとり閉じ込められた男の手記を再構築する形をとって、作者エーコが語ってみせる稀有壮大なバロック叙事詩
“語り”は“騙り”。言葉の魔術による騙し絵で、読み人を幻想の悪夢世界へと誘います。
「初めに言葉ありき」哲学の国イタリアならではの徹底的論法が、思考のスープをかき混ぜ完成した、豪華絢爛宮廷懐石の出来栄えさながら、言葉のアルチンボルドーと言うべき一種異様な曼荼羅の如き宝飾で我々の目の前に差し出されるのです。
時代考証、現場検証、実地検分により、より正確でリアルな質感をもたらす。とても私のような怠け者には真似できませんが、一寸の隙もない完璧なる作品。
しかし巧妙軽快な語り口によって、読み人はあれよと言う間に金蘭緞子の天井桟敷へと引きずり込まれるのです。それこそページめくる手あたわず、次から次へと訪れるイメージの奔流に飲み込まれること必至。
“とこしなえ(とこしえ)”に論議される天地開闢のいしずえ。神が先か、宇宙が先か。はたまた人間の意識が先か?天・地動説といった現代では常識となった確証を審議する、当時の論客達のつばぜり合いが、実に新鮮なる驚きをもって私の心を引きつけてくれました。
自分にもこのような物語が書けたらなあ。
誠、言葉を操る全ての人種垂涎。未来永劫、天長地久に渡り語り継がれるであろう大傑作!とだけ言い残して、悪文ここに極まれる私説の筆を置くことに致しましょう。
さすが、ウンベルト先生であります!

@ちぇっそ@