あなたにブラッドベリはいかがなものか

というわけで、ハヤカワ文庫キリマンジャロ・マシーンを読みました。全10話収録の短編集。各話一口コメントです。
キリマンジャロ・マシーン」
タイムマシーンで“パパ”へミングウェイに会いに行った主人公。彼を連れだって、古きよき過去へと舞い戻り、彼にふさわしき死に場所へと案内する。SF版ロードノヴェルといったおもむき。テリー・ビッスンの「世界の果てまで何マイル」は、この作品にヒントを得たのだろうか。
「お邸炎上」
アイルランドの古めかしい邸宅。紛争の最中、革命の息吹に賛同した男どもがイースターの夜中、旧体制の象徴である例の邸を燃やしにやってくる。しかしそこの主人に見つかり、邸は燃やして良いが、邸内にあるアイルランド文化遺産だけは守ってくれと諭される。革命とは言え、母国こそ愛している彼らは、絵画や美術品を邸から運び出すこととなる。ネズミ捕りがネズミになるような、どこか訓戒めいたコミカルな寓話。
「明日の子供」
新出産システムの誤作動により、異次元に産み落とされてしまった我が子。姿こそ見えるが、そこにいるのは青いピラミッドである。担当医の話では、不具合の原因は分かっており、現段階では子供をこちらに引き戻す手立てはないが、あちらの世界に行くことはできるという。夫婦に選択が迫られる。いかにも奇想SFらしい、素晴らしきイマジネーションに溢れる作品。青いピラミッドの赤ちゃんというシチュエーションが実に神秘的。
「女」
海の底で、藻や貝殻などが寄り集まって形作られた、異形の女。地上の男に恋をした女は、海岸の男を海の中へと誘い出す。海にまつわる伝説というか、自然の脅威を擬人的に表した古代の言い伝えにも似た怪奇趣味の作品。
「霊感雌鳥モーテル」
大恐慌だろうか。失意に沈んだ家族を乗せ、28年型ビュイックは開拓時代のように新たな新天地を求めて西へと向かう。その途中で立ち寄ったモーテルには、卵に不思議な文字を刻み付ける雌鳥がいた。今朝も卵に烙印を押す、その家族らの命運を記した文字を。アメリカ南部のほら話にあるような、何気ないところに潜む日常の不可思議。カトリック信者が多いと言われる、南部的なゴシック風味も感じる作品。
ゲティスバーグの風下に」
リンカーンが暗殺された。しかしそれは、後世にロボットとして復活させた人造機械だった。今こそリンカーンをという思いが、この複製機械を製造したのだろうが、結局は愚かな人間によって時代が繰り返されてしまう。古き良きも、新しきもない。リンカーンの理想に相容れぬ、何時も不変なる人間のあさましさを揶揄するがごとき作品。
「われら川辺につどう」
新しい高速道路が出来、廃れゆく古き道路に面した街並。時代と共に盛衰を繰り返す都市の生命がごとき変遷。正に作者の代表作「火星年代記」の縮図がそこにある。
「冷たい風、暖かい風」
ダブリンにやってきた、まるで“夏のような団体”。彼らが巻き起こすちょっとした騒動。不思議と人々を幸せにするその力は一体なんなのか?神話的。現代に蘇るちょっと素敵なおとぎ話たちの再来。
「夜のコレクト・コール」
火星に取り残された老人。待ちつづけたが、それまで決して鳴ることのなかった電話が鳴る。戦争が終結し、いよいよ地球からの救助隊がやってきたのか?しかし電話をかけてきたのは、若き日の自分自身だった。ディックに通じる幻惑的なSF作。火星の赤い砂、忘れ去られた模造の都市が孤独感をあおる。詩情に満ち、寂漠とした情景。生物の息吹を感じさせない、墓場のような火星の姿を伝える。
「新幽霊屋敷」
かつては賑わったダブリンにそびえる大邸宅。しかしその家は焼失してしまった。いまあるのは、かつてと全くそっくりに再現された“新しい邸”。そこはもはや古い人間を好まず、パーティに明け暮れた昔なじみの古参客たちを拒絶する。そして古き者たちも、結局は自らその新しい邸を去って行く。新しい家には新しい人間しか住まうことができない。そして古い人々は誰もいなくなった、新しい時代に古い人間がいなくなってしまうように。

@ちぇっそ@