たいむくえいく

現代アメリカ文学の最重要作家のひとりである、カート・ヴォネガット作、「タイムクエイク」を読みました。前作「ホーカス・ポーカス」から実に7年ぶり、しかもこれ以後長編は書かないという、衝撃的な断筆宣言を持って迎えられた、作者14作目の長編小説です。
ストーリーはある日突然“時間の揺れ”、つまり「時震」が発生。人々は嫌がおうにも10年前へとタイムスリップさせられ、かつてと全く同じ10年間を過ごさなければならなくなるというもの。
これが一筋縄で行かないヴォネガットのこと、普通のタイムスリップものにあるように、過去10年を新たに始められるわけではなく、勝手に過去の10年間の行動を繰り返す身体に、ただ意識が乗っかっているだけという。
ですから、何もしなくても体は勝手に動き、言動もかつてと一字一句違わない発言を繰り返すのみ。それが10年も続くわけですから、本来の人々は段々と無気力になって行くのです。
とまあ、いちおうSFの体裁はとっておりますが、どちらかと言うと決まりきったストーリーはほとんどなく、作家ヴォネガット自身の叙述的随筆が核を成します。
これこそヴォネガットお得意のパターン。一見して脈絡の無い話題を繰り広げ、時々小説が入り、また脱線して自らの随想を綴ってゆきます。
それは社会批判であったり、むかしのコントの一場面であったりと、話題の宝庫と言おうか、恩年とって当時74歳、話好きじいさんの際限の無いおしゃべりのようにも聞こえます。
しかしこれが年を重ね、その話し振りに味が出てくると、どこか悟りを開いたような、なんとなく知的に響く声の調子など、ただ聴いているだけで気持ち良くなるような感覚に似て、文字を見ているだけで楽しい、そんな風に感じられます。
とにかく、軽快。軽快そのもので、簡素で平易な言葉使いでするすると読め、そのシニカルでウィットに富んだヴォネガット節に引き込まれて行くのです。
これを読んでいると、よもや断筆とは信じがたい!確かに老齢ではありますが、まだまだこれから。正に今こそ油の乗り切った、成功を約束された作家のようにしか思えません。と言いますか、とっくに大成功を収めている作者ですが、ここへ来て未だかつて無い円熟味を見せたと言えるでしょうか。
とまあ、そんなことを言っているそばから、どうやら作者は「新作」を書き始めた様子で(笑!)、白い原稿をタイプで埋め尽くしてゆく魅力に抗し難くなったようです。
まあ、本作が発表されたのが97年。それからこうして翻訳され(当初はハードカヴァーで)、2003年の文庫版あとがきでその事実が判明するまで約7年の間に、また創作意欲というものが沸いてきたのでしょう。
とにかくファンにとっては嬉しい限り。これからも本当に最期くたばるまで、「これが解散ツアー!」と言いながら何度でもライヴを再開するKISSのように、軽快な文章で我々を楽しませて欲しいものですね!
現在80歳、こんなにおもしろい爺さんなんて他にいないって!

@ちぇっそ@